吉田 正メモリアル
茨城県日立市出身、日本の音楽界を代表する作曲家。
国民栄誉賞受賞・日立市名誉市民
詠み人知らず
はじめに
幼少より音楽が好きでした。作曲も独学で覚え、趣味で歌をつくっていました。
昭和17年、召集を受けます。苦しい軍隊生活の中で、「昨日も今日も」を作曲。
昭和20年10月、ソ連(現在のロシア)のシベリア地区抑留後、昭和23年8月に復員。
帰国後、軍隊生活の中で作曲した「昨日も今日も」が「異国の丘」として歌われており、あまりの意外さに、自分の作品だという実感さえなかったそうです。
以後、日本ビクター(株)の専属作曲家として活躍し、日本レコード大賞受賞曲「誰よりも君を愛す」、「いつでも夢を」など、生涯作曲数は約2400曲(歌謡曲1800曲、校歌など600曲)。
ヒット曲が200曲を超える偉業も成し遂げました。
吉田メロディーは、荒廃していた戦後、すさんだ人々の心を和ませ、生きる喜びや希望を与えました。また、戦争の体験は、メロディーに乗せて、現代の人々に平和の大切さ・尊さなど、多くのメッセージを残しました。
歌が永遠の命を持ち、未来を照らす光となり、人々が心豊かに、平和に暮らす世の中になることが、先生の願いであったように思います。
略歴
大正10年1月20日 | 茨城県多賀郡高鈴村助川(現日立市鹿島町一丁目)に生まれる(生家はクリーニング店) |
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昭和10年3月 | 助川尋常高等小学校卒業 |
昭和10年4月 | 日立工業専修学校機械科入学 |
昭和14年3月 | 日立工業専修学校研究科卒業 |
昭和14年4月 | 増成動力工業(株)入社(東京都) |
昭和17年1月 | 水戸陸軍歩兵第2連隊(満州国河省嫩江)に入隊 |
昭和20年10月 | ソ連シベリア地区に抑留 |
昭和23年8月 | 舞鶴港に復員 |
昭和24年4月 | 日本ビクター(株)専属作曲家として入社 |
昭和26年5月 | 夫人 喜代子氏と結婚 |
昭和35年12月 | 日本レコード大賞受賞(誰よりも君を愛す) |
昭和37年12月 | 日本レコード大賞受賞(いつでも夢を) |
昭和43年12月 | 日本レコード大賞特別賞受賞 |
昭和44年5月 | 芸術選奨文部大臣賞受賞 |
昭和57年5月 | (社)日本作曲家協会理事長に就任 |
昭和57年11月 | 紫綬褒章受章 |
平成元年10月 | (社)日本音楽著作権協会会長に就任 |
平成2年12月 | 日本レコード大賞功労賞受賞 |
平成4年4月 | 勲三等旭日中綬章受章 |
平成5年5月 | 日本作曲家協会会長に就任 |
平成9年12月 | 日本作曲家協会名誉会長に就任 |
平成9年12月 | (社)日本著作権協会功労者賞受賞 |
平成10年6月10日 | 永眠する(享年77歳) |
平成10年7月 | 国民栄誉賞受賞 |
平成10年12月 | 日立市名誉市民として顕彰 |
フォト
主な作品
代表曲
曲目 | 作詞 | 歌手 | 作曲年 |
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異国の丘 | 増田 幸治 補作:佐伯 孝夫 |
竹山 逸郎 中村 耕造 |
1948 |
街のサンドイッチマン | 宮川 哲夫 | 鶴田 浩二 | 1953 |
落葉しぐれ | 吉川 静夫 | 三浦 洸一 | 1953 |
弁天小僧 | 佐伯 孝夫 | 三浦 洸一 | 1955 |
赤と黒のブルース | 宮川 哲夫 | 鶴田 浩二 | 1955 |
東京の人 | 佐伯 孝夫 | 三浦 洸一 | 1956 |
哀愁の街に霧が降る | 佐伯 孝夫 | 山田 真二 | 1956 |
有楽町で逢いましょう | 佐伯 孝夫 | フランク永井 | 1957 |
公園の手品師 | 宮川 哲夫 | フランク永井 | 1958 |
街燈 | 佐伯 孝夫 | 三浦 洸一 | 1958 |
泣かないで | 井田 誠一 | 和田弘とマヒナスターズ | 1958 |
東京ナイト・クラブ | 佐伯 孝夫 | 松尾 和子・フランク永井 | 1959 |
誰よりも君を愛す | 川内 康範 | 松尾 和子・和田弘とマヒナスターズ | 1959 |
夜がわるい | 川内 康範 | 松尾 和子 | 1960 |
潮来笠 | 佐伯 孝夫 | 橋 幸夫 | 1960 |
再会 | 佐伯 孝夫 | 松尾 和子 | 1960 |
東京カチート | 佐伯 孝夫 | フランク永井 | 1960 |
江梨子 | 佐伯 孝夫 | 橋 幸夫 | 1962 |
寒い朝 | 佐伯 孝夫 | 吉永 小百合・和田弘とマヒナスターズ | 1962 |
いつでも夢を | 佐伯 孝夫 | 橋 幸夫・吉永 小百合 | 1962 |
霧子のタンゴ | 吉田 正 | フランク永井 | 1962 |
伊豆の踊子 | 佐伯 孝夫 | 吉永 小百合 | 1963 |
美しい十代 | 宮川 哲夫 | 三田 明 | 1963 |
恋をするなら | 佐伯 孝夫 | 橋 幸夫 | 1964 |
明日は咲こう花咲こう | 西沢 爽 | 吉永 小百合・三田 明 | 1965 |
恋と涙の太陽 | 佐伯 孝夫 | 橋 幸夫 | 1966 |
恋人ジュリー | 吉田 正 | 三田 明 | 1966 |
勇気あるもの | 佐伯 孝夫 | 吉永 小百合・トニーズ | 1966 |
おまえに | 岩谷 時子 | フランク永井 | 1966 |
カリブの花 | 山上 路夫 | 三田 明 | 1967 |
恋のメキシカン・ロック | 佐伯 孝夫 | 橋 幸夫 | 1967 |
薔薇の涙 | 水島 哲 | 三田 明 | 1968 |
和歌山ブルース | 吉川 静夫 | 古都 清乃 | 1968 |
お先にどうぞ | 山上 路夫 | 由紀 さおり | 1987 |
◎生涯作曲数 約2,400曲(歌謡曲1,800曲、校歌ほか600曲)
茨城県内の作品
曲目 | 作詞 | 作曲年 |
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日立音頭 | 矢内道則 (補作詞:佐伯孝夫) | 1957年 |
日立小唄 | 佐伯孝夫 | 1957年 |
日立工業専修学校校歌 | 秋山 信 | 1957年 |
日立電線(株)日高工場歌 | 佐藤眞一 | 1971年 |
関城町立関城中学校校歌 | 吉川静夫 | 1971年 |
茨城県立牛久栄進高等学校校歌 | 池田充男 | 1987年 |
新日立音頭 | 矢内道則、根本昇 (補作詞:佐伯孝夫、荒木とよひさ) | 2005年 |